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たのし~く人生を送りたい


by ricaco
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昨日は半年ぶりに一号線をゆ~っくり南下して、
Aptos, Capitolaにドライブ。
運転している間中、殆ど海を横に見ていられるので、
道中が既に観光です。

なんとなく予想はしていたけど、そしてそれは
私がたまぁに引くタロットにも出ていたんだけど、
先週いよいよもってそれが起こってしまったようです。
(あぁ、タロットに出てたよねぇ、これ)でした。
内容的には、もう今までの自分が一旦崩れ落ち、
新しいものを築いていく時期に到達したということだと
思いました。

世の中には良い悪い、正誤はないのかもしれません。
しかしそれを言っていると、物事が成立しないことってありますよね。
だから一定のルールを決めて、なるべくスムーズに事が進むように
するのでしょうが、そのルールの決定者、またはそれをコントロールする人々の
勝手な解釈やエゴで捻じ曲げられたり、なかったことになったり、
都合によって周りが振り回されるという事態が起こるというのも
残念ながらありがちな話ではあります。

私はこの5年間、その渦中にいました。誰の目から見ても、
あきらかに「おかしい」という意識の中に放り込まれていました。
表面的には何事も問題がないように見え、
それだけ物理的な実態がないだけに疑問には思いつつ、
その根源が一体何なのか、どういうことなのかを探っていくのに
時間を費やしてしまったようです。
何故判らないんだろう、何故これだけ疑問を持っていて不快な思いを
しているのに、何故改善がなされないのだろうか?と、いつも心の中で
沸々としたものが煮えていました。闘うと潰される、そんな感じもありました。

そして先週、あることがきっかけで、その根源が「意識」であるという
ことがあまりにもクリアになる出来事がありました。そこに至って、
「それだってことも知ってじゃない」と思いましたが、腑に落ちてなかったん
でしょうね。

そうどんな状況でも、ある一部のコントロールしている人にとって
それが使命であり、また都合が良ければ、それがその場でのルールになり、
それを指摘されることは許されず、また気がついてもいけないのが
暗黙のうちに大きな「意識」として、気持ちが悪く、居心地の悪い空間を
作っていくことがよく判りました。
そしてその「意識」は、私には受け入られるものではないではないのです。

その人の魂は陰がないのかもしれませんが、その人が経験してきたこと、
または社会から押し付けられてきた概念が、その人や集団の「意識」を
創り上げ、本来の自分を見失っているのだろうというのも判りました。
辻褄を合わせるのに必死で、人を苦しめていることには気が付かない、
気が付きたくないんですよね。判っていたとしても、「皆がそうしてるから」、
「使命だから」という言い訳をすることで、自分を肯定してしまうのでしょう。
最悪なのは、人の犠牲の上で享受しているものを「当然」として受け取れる意識。
隣にパンがなくて餓死しそうな人がいるのに、2個出されたパンを両方とも
自分のポケットに仕舞い込むような意識。

よくある話でもあるとは思うのですが、レベルに幅があるとしたら
かなり底辺に近い出来事が物理的に私を巻き込んで先週起こりました。
その時、「私はここの支柱として流れている”意識”がもう無理」と
つくづく思うに至ったのです。
あまりの意識の低さに呆れ、傷付き、茫然としていました。

人間も集団も「意識」なんですよね。

そして昨日、このビーチ沿いの街を友人とそぞろ歩き、
街行く人々を眺めながら、今の私は既にもう違う意識に
飛び込んでいこうとするのにためらいはないなと
確認していました。









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by giocasempre | 2016-05-23 06:05 | 気付き